10分で読める名作
10分くらいでさくっとよめる短編を、いろんなジャンルから集めてみました。
ちょっとしたすきま時間に、名作を読もう
本を読むのが苦手という人や、時間がなくてなかなか読めないという人も多いのではないかと思います。そういった人におすすめの「10分で読める短編」をまとめてみました。短い文章ながら、深く考えさせられるような、名作短編の数々をぜひ読んでみてください。
『鼻』芥川龍之介 — 約10分・ユーモア・風刺
顎の下までぶら下がる長い鼻を持った高僧・禅智内供は、その鼻が恥ずかしくてたまらない。あるとき弟子が仕入れてきた妙な治療法を試すと、鼻はみごとに短くなる。ところが内供は、以前より人に笑われるようになってしまう。
『今昔物語集』にある説話を下敷きにした作品ですが、芥川が付け加えたのは、周囲の人間の心理でした。人は他人の不幸には同情する。ところがその不幸がうまく取り除かれると、なんとなく物足りなくなり、もう一度その人を不幸に突き落としたくなる——芥川はこれを「傍観者の利己主義」と呼びました。百年前の短編なのに、SNSのタイムラインを眺めているときの、あの居心地の悪さそのものです。
1916年、『新思潮』創刊号に発表。これを読んだ夏目漱石が芥川に激賞の手紙を送り、「あんなものを二三十並べたら、文壇で類のない作家になるだろう」と書いたことで、無名の新人だった芥川は一躍世に出ました。
『ごん狐』新美南吉 — 約8分・童話
ひとりぼっちの小狐ごんは、いたずらばかりして村人を困らせていた。ある日、兵十が捕った魚を逃がしてしまう。その十日ほど後、兵十の母親の葬列を見たごんは、あのとき逃がしたうなぎは、病の母のために兵十が用意したものだったと気づきます。償いのつもりで、ごんは毎日こっそり栗や松茸を兵十の家に運ぶようになる。けれど兵十は、それがごんの仕業だとは知らない。
小学校の教科書で読んだ記憶がある人も多いはずです。この物語の残酷さは、悪人がひとりも出てこないところにあります。ごんも兵十も、ただ相手のことを知らなかっただけ。伝わらなかった善意はどこへ行くのか、という問いだけが残ります。
作者の新美南吉がこれを書いたのは18歳、母校の代用教員をしていた頃でした。『赤い鳥』に投稿した原題は『権狐』で、掲載にあたって鈴木三重吉が子ども向けに手を入れています。南吉自身は29歳で結核により早世しました。
『雪女』小泉八雲 — 約6分・怪談
吹雪の夜、渡し場の小屋に閉じ込められた木こりの茂作と、若い巳之吉。夜半、白い女が現れて茂作の息を奪い、巳之吉には「今夜のことを誰かに話したら命はない」と告げて消えます。年月が過ぎ、巳之吉はお雪という美しい女と所帯を持ち、子宝にも恵まれる。ある晩、針仕事をする妻の横顔を見ながら、巳之吉はふと、あの吹雪の夜の話を口にしてしまう。
怪談でありながら、読み終えたあとに残るのは恐怖よりも切なさです。雪女は約束を破った夫を殺しません。子どもたちがいるから、と言い残して霧になって消えてゆく。彼女は最後まで、母だったのでしょう。
八雲は日本各地の伝承を英語で書き直しましたが、この話の出どころは意外にも身近で、東京・大久保の家に奉公していた人から聞いた武蔵国の話でした。舞台とされる現在の青梅市には「雪おんな縁の地」の碑が立っています。
『刺青』谷崎潤一郎 — 約10分・耽美
彫師の清吉には、年来の宿願があった。真に美しい女の肌を得て、そこに自分の魂を彫り込むこと。ある夏の夜、深川の料理屋の前で駕籠から覗いた一本の足を見て、清吉は「これだ」と確信します。翌年ついに再会したその娘を、清吉は麻酔で眠らせ、白い背中いっぱいに巨大な女郎蜘蛛を彫り上げる。目覚めた娘は、もう昨日までの臆病な娘ではありませんでした。
足フェチ、加虐と被虐の反転、美に呑まれる男——のちの谷崎文学のすべてが、この短い処女作にすでに詰まっています。読みどころは終幕の一行。彫り上げた瞬間、彫った側と彫られた側の力関係がまるごと裏返る。10分でここまで完璧に着地する短編は、そうありません。
1910年、第二次『新思潮』に発表。谷崎自身が処女作としている作品で、当時の文壇の重鎮・永井荷風がこれを高く評価したことで、谷崎は世に出ました。
『葉桜と魔笛』太宰治 — 約10分・家族
老いた語り手が、35年前を回想します。当時18歳の妹は腎臓結核で、余命はあと百日と告げられていた。恋も知らないまま死んでゆく妹の机の引き出しから、姉はM・Tという男との濃密な文通の束を見つけてしまう。そして,、姉は妹のためにある行動に出る。
苦しみの中で互いを思いやりながら生きる人々の温かさが心に沁みます。破滅型の私小説作家というイメージの太宰とは、まるで別人のような一編。結婚して生活が安定した時期の太宰は、こういう端正で優しい短編をいくつも書きました。
『山月記』中島敦 — 約10分・変身譚
唐の時代。若くして科挙に合格した秀才・李徴は、俗物の上司に頭を下げるのを潔しとせず官を辞し、詩人として名を成そうとする。だが名は上がらず、妻子を養えぬまま、かつて見下していた同僚の下で働く身に落ちる。屈辱に耐えかねた李徴は発狂して姿を消し、翌年、一匹の虎になっていた。旧友の袁傪が谷間でその虎に出会い、草むらの陰から声だけの告白を聞く。
李徴が語る、自分が虎になった理由——「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」。才能がないと露見するのが怖くて、努力もせず人にも交わらなかった。その心が獣の姿になった。学生時代にこれを読んで刺さった人は多いの、大人になってから読み返すと、もっと深く刺さります。
典拠は清代の説話集にある「人虎伝」ですが、原典で変身の理由が因果応報とされているのに対し、中島は理由をまるごと李徴の内面に置き換えました。ここに中島敦という作家の全部があります。1942年発表のデビュー作。中島はその年のうちに、33歳で喘息のため世を去りました。